東京高等裁判所 平成5年(行ケ)6号 判決 1995年1月31日
アメリカ合衆国
コネチカット州 06074、サウスウインザー ガーバーロード 83
原告
ガーバー サイエンティフク インコーポレーテッド
同代表者
ヘインズ ジョセフ ガーバー
同訴訟代理人弁護士
湯浅恭三
同
大場正成
同
鈴木修
同
古澤浩二郎
同訴訟代理人弁理士
神田藤博
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
同指定代理人
山川サツキ
同
中村友之
同
吉野日出夫
同
井上元廣
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成1年審判第1371号事件について平成4年8月14日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年5月21日名称を「衣類製造プロセス」とする発明(後に名称を「パターン片から衣料を製造する方法」と補正、以下「本願発明」という。)につき、1982年(昭和57年)10月25日のアメリカ合衆国出願(第436703号)に基づく優先権を主張し、特許出願(昭和58年特許願第89911号)をしたところ、昭和63年8月30日拒絶査定を受けたので、平成元年1月23日審判を請求し、平成1年審判第1371号事件として審理されたが、平成4年8月14日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年9月28日原告に送達された。なお、出訴期間として90日が附加されている。
2 本願発明の要旨
多数のパターン片から衣料を製造する方法にして、コンピュータ制御のもとでプログラム切断可能な裁断装置の作業テーブル上に1枚のシート材料を広げる工程、1枚のシート材料が作業テーブル上に載せられている間に該1枚のシート材料を裁断し、特定の衣類のデザイン特性により指示される所定の大きさ及び形状の多数のパターン片を用意する工程、及び、多数のパターン片を完全な衣料に組み立てる組立工程、を含み、
上記組立工程は、
(1) パターン片を取り上げ、数個の第1段階ステーションの各々へそれぞれ選定された1対のパターン片を移送する工程、
(2) 数個の第1段階ステーションの各々において移送された1対のパターン片を結合し各々が該1対のパターン片から成る半組立体を形成する工程、
(3) 半組立体を取り上げ、第2段階ステーションの各々へそれぞれ選定された1グループの半組立体を移送する工程、
(4) 第2段階ステーションの各々において移送された1グループの半組立体を結合し各々が該1グループの半組立体からなる半組立体を形成する工程、及び、
(5) 完全な衣料が製造されるまで、半組立体を取り上げ、次の段階のステーションの各々へそれぞれ選定された1グループの半組立体を移送する工程、及び、次の段階のステーションの各々において移送された1グループの半組立体を結合し各々が該1グループの半組立体からなる半組立体を形成する工程を繰り返す工程であって、先行する段階からの少なくとも2個の加工ラインが次の段階の1個の加工ラインに合併され加工ラインの数が等比数列において減少される工程、
を含むものであることを特徴とする方法(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)<1> これに対し、昭和48年特許公開第37239号公報(昭和48年6月1日特許庁発行、以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、「多数の織物加工片から衣服を自動製造する方法」として、関連づけられた第1加工片と第2加工片を加工モジュール上で結合する方法が記載されている。さらに、「加工片というのは独立した小片を意味し、2つ又はそれ以上の小片又は成分が、縫い付け等の適当な固定法により取付けられた半製品も含まれる」(3頁左上欄13行ないし18行)、「衣服というのは衣服、帽子…などを含む。」(3頁左上欄18行ないし19行)と説明されている。
<2> これらの記載を総合すると、引用例には、関連づけられた第1加工片と第2加工片を加工モジュール上で結合することを繰り返して衣服を製造する方法が記載されているといえる。
<3>そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、コンピュータ制御のもとでプログラム切断可能な裁断装置によりシート材料を裁断し、特定の衣類のデザイン特性により指示した所定の大きさ及び形状の多数のパターン片を用意し、該パターン片をそれぞれ所定の個所へ移送し完全な衣料に組み立てることは、この分野において周知のことといえるから、本願発明は、下記の点で引用例記載の発明と相違するが、その余は同じである。
(a) 相違点1
本願発明は、1枚のシート材料を所定のパターン片に裁断し、各1枚のパターン片を所定の個所へ移送しているのに対し、引用例記載の発明は、パターン片(加工片)がそれぞれ多数重ねられた状態で所定の個所へ移送している点。
(b) 相違点2
本願発明は、組立工程の加工ラインが、先行する段階からの少なくとも2個の加工ラインがつぎの段階の1個の加工ラインに合併され加工ラインの数が等比数列的に減少するように配列されているのに対し、引用例記載の発明は、1列の加工ラインが示されているだけである点。
<4> そこで、上記相違点について検討する。
(a) 相違点1について
1枚のシート材料を所定のパターン片に裁断することは、手作業で衣料を製造する際に、一般に行われていることである。しかも、衣料の製造を自動化するにあたり、従来手作業の際に行われていたこの方法を採用できないという特別の理由もないから、1枚のシート材料を所定のパターンに裁断し、その後、各1枚のパターン片を所定の個所へ移送する程度のことは当業者にとって何ら困難なことではない。そして、それによる作用効果も格別のものではない。
(b) 相違点2について
引用例の「加工片というのは独立した小片を意味し、2つ又はそれ以上の小片又は成分が、縫い付け等の適当な固定法により取付けられた半製品も含まれる」(3頁左上欄13行ないし18行)との説明からみて、第1加工片及び第2加工片がそれぞれ2つまたはそれ以上の小片を縫い付けた半製品の場合は、第1加工片と第2加工片を加工モジュール上で結合する以前に上記半製品を製造する工程が設けられているものと解される。
そして、次の段階で結合される半製品である第1加工片及び第2加工片を製造する場合、それぞれの加工片を並行してそれぞれ別々に作ることは、作業能率を考慮すれば当然採られる措置といえるし、最後の仕上げは1か所に集約されるのが普通である。
してみれば、引用例記載の発明においても、一部は、先行する段階からの少なくとも2個の加工ラインが次の段階の1個の加工ラインに合併され加工ラインの数が等比数列的に減少するように配列されているものといえ、このような配列を積極的に採用する程度のことは当業者にとって容易なことであり、その作用効果も格別のものではない。
なお、本願発明における「加工ラインの数が等比数列において減少される」とは、数学でいう正確な等比数列を意味するのではなく、「衣服組立工程の加工ラインの数が段々に少なくなっていく」という程度のことを意味していることは、明細書の記載(平成2年7月6日付手続補正書(2)参照)から明らかである。
<5> 以上のとおりであり、本願発明の作用効果も格別のものではないから、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許をうけることができない。
4 審決の取消事由
(1)<1> 審決の認定判断のうち、(2)<1>につき、「多数の織物加工片から衣服を自動製造する方法」とあるを否認し、その余は認める。上記の点は「多数の織物加工片から多数の実質的に同一の衣服を自動製造する方法」(引用例2頁右下欄3行参照)と改めるべきである。
<2> 同<2>につき、「繰り返して衣服を製造する方法」とあるを否認し、その余は認める。上記の点は「繰り返して多数の織物加工片から多数の実質的に同一の衣服を製造する方法」(前同2頁右下欄3行参照)と改めるべきである。
<3>同<3>につき、「本願発明は下記の点で引用例記載の発明と相違するが、その余は同じである」とあるを否認し、その余は認める。審決は、認定した2つの相違点以外にも相違点のあることを看過している。
同<3>の、(a)相違点1の認定は次の点について不正確である。すなわち、本願発明について「…裁断し、各1枚のパターン片を所定の個所へ移送しているのに対し」という認定は、「…裁断し、各1対のパターン片を数個の第1段階ステーションの各々へ移送しているのに対し」(平成2年7月6日付手続補正書特許請求の範囲の(a)参照)と、引用例記載の発明について「パターン片(加工片)がそれぞれ多数重ねられた状態で所定の個所へ移送している点」という認定は、「パターン片(加工片)がそれぞれ多数重ねられた状態で頂部加工片分離装置へ移送している点」(引用例3頁右下欄7行ないし8行、4頁右下欄6行、5頁左上欄5行ないし12行参照)と改めるべきである。
同<3>の、(b)相違点2の認定は認める。
<4>同<4>にっき、(a)相違点1の判断については、「その後、各1枚のパターン片を所定の個所へ移送する」を否認し、これは「その後、各一対のパターン片を数個の第1段階ステーションの各々へ移送する」と改めるべきであり、「そして、それによる効果も格別のものではない。」を否認し、その余は認める。
同<4>の(b)相違点2の判断については、「してみれば、引用例記載の発明においても、…」以下は全て否認し、その余は認める。
<5> 同<5>は争う。
<6> 審決は、本願発明及び引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、一致点を誤認して相違点を看過し、かつ、相違点に対する判断を誤り、さらに、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから取り消されるべきである。
(2) 取消事由1(相違点の看過)
<1> 引用例記載の発明は、同一品種大量生産のための方法及び装置であるのに対し、本願発明は、多品種少量(限定)生産が実行可能な衣料の製造方法である。すなわち、引用例記載の発明の内容は、その発明の詳細な説明からも明らかなように、多数の加工片にそれと異なる多数の加工片を次々と結合させ、「多数の実質的に同一の製品」(2頁右下欄3行目)を生産する方法と装置に関するものである。
これに対し、本願発明は、その特許請求の範囲が明記しているように、
(a) 1枚のシート材料を原料としていること、
(b) それを、コンピュータ制御の裁断装置により裁断して、特定の衣類のデザイン特性により支持される所定の大きさ及び形状の多数のパターン片を用意すること、
(c) その多数のパターン片から完全な衣料を組み立てること、
を内容としてる。
それ故、原料(シート材料)を1枚ごとに別の種類のシート材料にしたり、出来上がりの衣料の素材やデザインを1つ1つかえていくことが可能となるから、多品種少量(または限定)生産に適した製造方法である。
これに対し、引用例記載の発明は、多品種少量生産(限定生産)に不向きな方法であることは明白である。しかるに、審決は、このような相違点を看過した。
<2> 引用例記載の発明は、パターン片が多数重ねられた状態で、結合加工プロセスに入っていくのであるから、個々のパターン片の結合作業を実施するためには、まずその堆積体から個々のパターン片を分離する頂部加工片分離装置ないしこれに代わる作業員による取り分け作業が必要である。
これに対し、本願発明は、最初から1枚のシート材料を原料としているので、このような堆積体は存在しない。その結果、そのような取分け作業が全く不要となる点で、両者は相違する。
しかるに、審決は、このような相違点を看過した。
(3) 取消事由2(相違点に対する判断の誤り)
<1> 相違点1に対する判断の誤り
本願発明は、引用例記載の発明では必須の構成要素である前記(2)<2>の頂部加工片分離装置ないしこれに代わる作業員による取り分け作業が不要であるから、そのシステムないし人件費を省略できるという顕著な作用効果を奏する。
しかるに、審決は、相違点1について判断するに当たり、それによる作用効果も格別のものでない、と誤って判断した。
<2> 相違点2に対する判断の誤り
本願発明の特許請求の範囲中、「先行する段階からの少なくとも2個の加工ラインが次の段階の1個の加工ラインに合併され加工ラインの数が等比数列において減少される」という記載は、加工段階が1つ進むごとに、加工ラインの数が約半分になるように全体の加工工程が配列されていなければならないことを規定するものである。ここで「約」という留保をつけている理由は、場合によっては、付加的なラインが必要となり、数学的に正確な等比数列の関係を実現できないことがあり得るからである。
一方、引用例記載の発明は、全体の組立工程の中で、加工ラインの数が2から1へと減少する現象が部分的に現れたとしても、2つの段階を比べただけでは、等比数列なのか、等差数列なのか判然としない。
また、本願発明の特許請求の範囲は、「等比数列において減少される」と明記しているのであるから、最終加工ラインから見て、少なくともその先行段階と、さらにその前の先行段階の都合3段階が、加工段階として存在していなければならない。
一方、引用例記載の発明は、このように加工ラインが配列されるべきことを何ら開示も示唆もしていない。
それにもかかわらず、審決は、本願発明が引用例記載の発明から容易に推考できたと誤って判断した。
(4) 取消事由3(作用効果の相違の看過)
<1> 従来の衣料製造技術では、自動裁断機によって切り出されたパターン片の堆積体から1枚1枚のパターン片を取り出す作業は必要不可欠であり、また、縫製作業前に多数のパターン片の中から適当なパターン片を選び出して組み合わせ次々と縫製していく際の、パターン片の選定、組合せ作業は、熟練労働者に頼らざるを得なかった。
本願発明は、このようなパターン片の取出し作業を省略し、縫製前のパターン片の選定、組合せ作業を単純化して、労働者に要求される熟練度を著しく軽減(または不要と)することを可能とした。
すなわち、始めから裁断されるシート材料の枚数を1枚と限定することで、パターン片の堆積体という要素を排除し、そこからの取出し作業という従来の機械化された衣料の製造方法に内在した1要素を駆逐したのである。本願発明の「1枚のシート材料」という数値限定の狙いは、まさにここにあるのである。
審決は、このような作用効果を看過した。
<2> 本願発明は、第1段階ステーションでは、1対のパターン片を結合し、第2段階以降の各ステーションでは、1対の半組立体の結合を繰り返す構成を有するが、さらに、本願発明の特許請求の範囲に記載されているような「2個の加工ラインが次の段階の1個の加工ラインに合併され」る加工ラインの配列を採用することによって、結合作業の対象となるパターン片または半組立体の数を結合作業の直前に2つしか存在しないようにし、熟練作業となるパターン片の選定、組合せ作業を解消した。
このように、本願発明は、従来の機械化され合理化された衣料の製造方法のなかにあって、長い間熟練労働者の働きに依存していた縫製作業直前のパターン片の選定、組合せ作業部分を、その結合作業のいずれの段階からも完全に駆逐することを可能とした。
審決は、このような作用効果を看過した。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
2(1) 取消事由1(相違点の看過)について
<1> 本願明細書には、本願発明の対象が多品種少量(限定)生産可能の衣料の製造方法であるということは、一言も記載されていないから、記載されていないことに基づく主張は失当である。
本願明細書には、本願発明の目的として、パターン片の束及びそれをばらしたものの分類作業及び対照作業を減少することである、と記載されているにすぎない。しかも、自動化及びコンピュータ化された衣料の製造方法であれば、大量生産用の衣料の製造方法であると解するのが自然であるうえ、引用例記載の発明においても、多品種少量(限定)生産が不可能というものでもない。
したがって、両者とも、生産量に関係なく、多数のパターン片から衣料を製造する方法といえるので、この点についての相違点の看過はない。
<2> 引用例記載の発明では、堆積体から個々のパターン片を分離する頂部加工片分離装置ないしごれに代わる作業員による取り分け作業が必要であるのに対し、本願発明では、そのような装置ないし作業を必要としないことは認めるが、その相違は、相違点1に示された構成上の差異、すなわち、パターン片が1枚ごとに裁断されて結合過程に入るか、多数重ねられた状態で結合過程に入るかによって必然的に生じる相違であって、この看過は、審決の結論に影響を及ぼさない。
(2) 取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について<1> 相違点1に対する判断の誤りについて
引用例記載の発明において、パターン片を1枚ごとに裁断する方法を採用するならば、前記(2)<2>の頂部加工片分離装置ないしこれに代わる取り分け作業が不要であり、加工片を直接第1段階のステーションの各々へ移送することは、当業者が当然に採る措置にすぎない。
したがって、審決が、相違点1について、それによる効果も格別のものでない、と判断したことに誤りはない。
<2> 相違点2に対する判断の誤りについて
本願発明における「加工ラインの数が等比数列において減少される」の意味について、原告は、具体的な説明をせず、その実態は不明であるから、縫製技術の常識から判断すれば、右語句は、「加工ラインの数が段々少なくなっていく」という程度のことを意味していると解せざるを得ない。
そして、引用例記載の発明には、2個の加工ラインが1個の加工ラインに合併されることは示されている。しかも、引用例記載の発明には、「加工片あたりのサイクル時間が複合システムの各システムにおいて異なる場合は、1又はそれ以上のシステムが複数並列関係に配置され」(15頁右下欄15行ないし18行)と記載され、各システム間の製造速度の同一化のためであって目的は相違するものの、「複数並列関係に配置する」ということ自体は開示されていて、これが格別のことでないことは明らかである。そうすると、結合する第1加工片及び第2加工片が半製品である場合には、前段階でそれぞれの加工片を並列にして、それぞれ別個に作ることは、作業効率を考慮すれば当然に採られる措置ということができる。
したがって、審決の相違点2についての判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(作用効果の相違の看過)について
原告は、裁断機によって切り出されたパターン片の堆積体から1枚1枚のパターン片を取り出す作業が省略され、縫製前のパターン片の選定、組合せ作業を単純化できる効果があると主張しているが、1枚1枚のパターン片を取り出す作業が省略される代わりに、洋服1着1着ごとに裁断機によってパターン片を切り出す作業が必要となり、全体の作業量としては変わりはない。
また、パターン片の組合せ及び縫製順序を考慮してパターン片の最初の位置決めをすることは、1枚1枚のパターン片であろうと堆積体であろうと同じであり、最初の位置決めさえ決まれば、あとは自動的に縫製工程が進んでいくのは引用例記載の発明も同じであって、本願発明の作用効果が格別のものということはできない。
したがって、審決の判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない)。
理由
第1
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
(1) 甲第3号証(明細書)、同第4号証(昭和63年6月7日付手続補正書)、同第5号証(平成元年1月23日付手続補正書、以下「本願訂正明細書」という。)、同第6号証(平成2年7月6日付手続補正書)、同第7号証(平成3年2月14日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
<1> 本願発明は、多数のパターン片から衣料を製造する方法に関する。(本願訂正明細書3頁13行ないし14行)
<2> 衣料産業における現在の技術は、幾つかの別々の領域における自動化及びコンピュータ化の技術に結合している。例えば、別紙図面1、FIG1に示されるように、作業テーブル上に積重体を載せ、コンピュータ制御による移動可能な往復動カッターにより裁断し、得られた同一形状の衣料片の積重体を等級別に分類して、縫製ステーションに移送し、同ステーションにおいて、適当な形状のパターン片が一緒にされ衣料が作られる。このような既成の自動縫製装置においては、衣料の製造に必要とされた人間の労働力及び熟練度を要求しなくなったが、縫製等で種々のパターン片を組み合せるために、熟練した職人を必要とした。さらに、分類工程は、単一の縫製ステーションに適切な型及び枚数のパターン片を提供する必要があるために、極めて労働強度が高く、必然的に、縫製ステーションは、熟練度の高い職人を必要とした。(前同3頁16行ないし4頁17行)
<3> 本願発明の第一の目的は、労働強度の高いパターン片の分類作業及び丁合作業を減少することであり、また、従来の衣類製造ステーションにおいて必要であった熟練の程度を減少することである。(前同4頁17行ないし5頁2行)
<4> 本願発明は、上記目的を達成するため、発明の要旨記載の構成(平成2年7月6日付手続補正書別紙)を採用した。
<5> 本願発明においては、パターン片を裁断するために従来技術が用いられるが、自動または半自動の縫製装置を操作する熟練した職人に頼る代わりに、衣料を製造するために最終的には結合されるパターン片が、単純な縫製装置と数人の熟練度の高くない職人または数台の精巧なロボットを用いて、伸長された生産ラインの各連続ステーションにおいて半組立体に製造される。また、衣料は、最終の作業ステーションにおいて半組立体が結合され完成された衣料が生産されるまで、生産ラインにおいて最終的形状を取らない。(本願訂正明細書5頁5行ないし15行)
(2) 取消事由1(相違点の看過)について
<1> 原告は、引用例記載の発明は、同一品種大量生産のための方法であるのに対し、本願発明は、多品種少量(限定)生産が実行可能な衣料の生産方法であり、その点で両者は相違するのに、審決はその点を看過したと主張する。
そこで検討すると、引用例に審決の理由(2)<1>摘示の技術内容が記載されていることは、同記載の発明が多数の織物加工片から「衣服を製造する方法」であるか「実質的に同一の衣服を自動製造する方法」であるかを除き当事者間に争いがなく、また、甲第2号証によれば、引用例には、「この発明によれば多数の織物加工片から衣服を自動製造する方法が与えられ、…前記第2加工片のそれぞれを前記第1加工片のそれぞれに関連付け、前記関連付けられた第1および第2加工片を加工モジュールで相互に固定して多数の実質的に同一の製品を形成するようになっている。」(2頁左下欄2行ないし右下欄4行)、「加工片というのは独立した小片を意味し、2つ又はそれ以上の小片又は成分が適当な固定法、例えば縫付け、熱溶着、粘着接合…により取付けられた半製品も含まれる。」(3頁左上欄13行ないし18行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、引用例記載の発明における衣服製造の方法は、互いに関連付けられた第1加工片及び第2加工片を加工モジュールで相互に固定することを繰り返して多数の実質的に同一の製品を形成するものであると解されるから、主として同一品種大量生産のための方法であるといえる。
しかしながら、前掲甲第2号証によれば、引用例には、同時に、「…モジュールは種々のモジュールが各加工片に対して1又はそれ以上の作業を行う広い範囲のシステムにおいて多くの異なる方法で相互に適合できるような寸法と形状を有し、従って、形成されようとする製品のスタイルの変化やマーケッティングの要求の変化や主要部の変更によって生じる、物品および作業の変化に対応し又は適応するシステムの変化をもたらすのが望ましい場合に、モジュールの簡単な再組立て設備の融通性がもたらされる。」(4頁左下欄4行ないし13行)と記載されていることが認められ、モジュールの簡単な再組立てによって、製品のスタイルの変化等に対応できる旨説明されている。
この説明からすると、引用例記載の発明の方法においても、多品種少量(限定)生産が実行可能であるということができる。
そして、本願発明の方法においても、同じパターン片の裁断を繰り返し指示することによって、同じデザインの衣料を繰り返し作り出すことは可能であるから、この方法により同一品種大量生産が不可能ということはできない。
したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、製造の対象である衣料の品種の多寡、生産量が相違するとはいえないから、審決には、原告主張の相違点の看過は認められず、原告のこの点についての主張は採用することができない。
<2> 引用例記載の発明では、堆積体から個々のパターン片を分離する頂部加工片分離装置ないしこれに代わる作業員による取り分け作業が必要であるのに対し、本願発明では、そのような装置ないし作業を必要としないことは、当事者間に争いがない。
原告は、審決には、この点を看過した違法がある旨主張する。
しかしながら、引用例記載の発明の方法では、前記<2>のとおり、パターン片をそれぞれ多数重ねられた状態で所定の個所へ移送している構成であるため、堆積体から個々のパターン片を取り分けることが必要であるのに対し、本願発明では、1枚のシート材料を所定のパターン片に裁断し、パターン片を所定の個所へ移送している構成であるため、堆積体からのパターン片の取り分けが不要とされるのであって、結局原告主張の相違点は、審決認定の相違点1に示された構成上の差異から生じる相違であって、その構成及び作用効果の容易性については、審決が相違点1に対する判断において、摘示しているところであるから、何ら審決の結論に影響を及ぼさないものである。
したがって、原告のこの点についての主張は理由がない。
(3) 取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について
<1> 多数のパターン片から衣料を製造するための加工ラインを設定するに当たって、加工片を堆積体として数枚重ねた状態で送るようにする方法を採用するか、あるいはパターン片を1枚ずつ送るようにする方法を採用するかは、単なる設計事項にすぎず、原告主張の相違点1に係る構成により本願発明が奏する作用効果は、後記3において判断するとおり、引用例記載の発明においてパターン片を1枚ずつ送る方法を採用したことにより、当業者が容易に予測できた範囲のものにすぎない。
したがって、審決が、相違点1について、それによる効果も格別のものでない、と判断したことに誤りはなく、原告のこの点についての主張は採用できない。
<2> 原告は、本願発明の特許請求の範囲中、「先行する段階からの少なくとも2個の加工ラインが次の段階の1個の加工ラインに合併され加工ラインの数が等比数列において減少される」という記載は、加工段階が1つ進むごとに、加工ラインの数が約半分になるように全体の加工工程が配列されていなければならないことを規定するものであり、これに対し、引用例記載の発明は、このように加工ラインが配列されるべきことを何ら示していないのであるから、本願発明が引用例記載の発明から容易に推考できたとした審決の判断は誤りであると主張する。
そこで検討すると、引用例記載の発明により衣料を製造する方法は、互いに関連付けられた第1加工片及び第2加工片を加工モジュールで相互に固定することを繰り返して多数の実質的に同一の製品を形成するものであると解されることは、前記(2)<1>で判示したとおりであり、また甲第2号証によれば、引用例の明細書及び図面をみると、引用例記載の発明の加工工程においても、加工ラインの数全体が各段階ごとに半数に減少するというものではないにしても、2個の加工ラインを1個の加工ラインに併合する工程を繰り返して多数の実質的に同一の製品を形成するものであると認めることができる。(別紙図面2、FIG1aないし1d、2及び3参照)
したがって、審決が、引用例記載の発明の2個の加工ラインが1個の加工ラインに併合して加工ラインの数が半数になる工程に注目し、引用例記載の発明においても、加工ラインが部分的には等比数列的に減少するように配列されている、と認定したことが誤りであるということはできない(本願発明においても、ライン数について数学的に正確な等比数列の関係が実現できないことは、原告の自認するところである。)。
また、一般的に、いわゆる流れ作業による一連の製造工程によって衣服を自動製造する場合、半製品同士を結合するとすれば、その結合に先立ってそれぞれの半製品を別々の加工ラインで並行して作っておくことは、作業効率上当然の措置と認められる。
したがって、審決が、次の段階で結合される半製品である第1加工片及び第2加工片を製造する場合、それぞれの加工片を並行してそれぞれ別々に作ることは、作業能率を考慮すれば当然採られる措置である、と認定したことに誤りはないというべきである。
以上のことからすれば、審決が、相違点2について、本願発明は引用例記載の発明から当業者において容易に推考できたと判断したのは相当であるというべきである。
(4) 取消事由3(作用効果の相違の看過)について
<1> 原告は、本願発明は、自動裁断機によって切り出されたパターン片の堆積体から1枚1枚のパターン片を取り出す作業を省略することを可能にしたのに、審決は、このような作用効果を看過した旨主張する。
しかしながら、本願発明がそのようにパターン片を取り出す作業を省略し得たのは、単に、パターン片を堆積体とすることなく1枚ずつ送る構成を採択したことによるものである(この構成の採択自体は何ら困難なことではないことは前記(3)<1>で判示したとおりである。)と認められるから、該作業が不要になったことにつき、格別の作用効果は認められないというべきである。
したがって、審決に原告が主張するような作用効果を看過した誤りがあるということはできない。
<2> 原告は、本願発明は、長い間熟練労働者の働きに依存してきた縫製作業直前のパターン片または半組立体の選定、組合せ作業部分を、その結合作業のいずれの段階からも完全に駆逐することを可能としたのに、審決は、このような作用効果を看過した旨主張する。
しかしながら、引用例記載の発明も、前掲甲第2号証によれば、供給ステーションに配置した2つの移送加工台(第1加工台、第2加工台)上に載置した多数の加工片から、加工片を1片ずつ取り外して関連付け、各関連付けた2つの加工片を加工ステーションにおいて固定する工程からなるものと認められる。この方法によれば、加工片は、供給ステーションに配置された状態で既に2種類に限定されているものと認められるから、固定(縫製)作業直前に加工片の選定、組合せ作業を行う必要はない。
そもそも、機械による縫製工程であれば、組合せ及び縫製の順序を考慮してパターン片の最初の位置決めをすることは、1枚1枚のパターン片であろうと堆積体であろうと同じことであり、最初の位置決めさえ決まれば、あとは自動的に縫製工程が進むことは、引用例記載の発明でも同様であると判断される。
したがって、審決にこの点の作用効果を看過した誤りがあるということもできない。
(5) 以上のとおり、原告の主張する取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
第2 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
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別紙図面2
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